子育て・夫婦

September 05, 2012

「ちゃんとみているよ。」って

「ちゃんとみているよ。」ってメッセージを送ることが
なによりの承認であり、受容している姿勢だと…。

「ちゃんとみている」ということは、ちょっとした何気ない変化に気づくこと。
それも些細な変化をみることができること。

それは、そこに今対峙している、その方の人格を尊重しているって、
その存在自体を大切に思っている姿勢、在り方だと私は思っています。

何気ない変化に気づく為に自分がしていること。
女性のメイクの仕方を雑誌などで学んだり、
最近流行のモノについての情報、
ファッションなどをいろんな女性向け雑誌、男性雑誌などを立ち読みしたりしています。
知らないと気づけないので、知らないことは気づかない。
気を向けない物事を私たちは視ることができない。
目の前にあって見ているはずでも、視ていないんです。(盲点)

目に写っていても、脳には写らないんです。

たとえば、車の話をすると、
スポーツカーに興味のある人は、
数ある通りを走る車の中から自分の好きな車種だけピックアップしている。
「今、フェラーリ通った」とか…。
でも、車に興味がなければ、まったくわからない。

どこに気を向ける。<自分の意識の方向性>ですね。

私は、
ちょっとした顔色の変化や姿勢、
仕草、メールのちょっとした絵文字の使い方などに
できる限り気を向けて気づけるようにしたいなぁと思っています。

顔色などは、チークの入れ方や最近グレーを筆で加えたりするようで、わかりにくいですが、
そんな時は眉間を気にします。(眉間は男女問わず)

もっともっといろんなことに気づけるそんな在り方のできる人間になりたいですね。
 
忙しい日常で、
「視ているよ」って、ささいなメッセージだけでもなによりのメッセージなんですね。
お母さんが子どもに…、先生が生徒に…、上司が部下に…、何より大切な人に…。
押しつけるワケでも、主張するワケでもなく、…
静かに送るメッセージ、「ちゃんとみているよ」って…。
近すぎて見ているけど視ていないことってありませんか?
何かにこだわりすぎて視ていないものってありませんか?(逆にそればかり視ているかも?)
あなたの信念が視たいものはなんでしょうか?


yujihiwasa at 15:25|PermalinkComments(0)

August 24, 2012

「本気」と書いて「マジ」と読む。

本気度について、
子どもは親に本気度を試します。

本気度とは、どこまで心から自分の方を見てくれているか?

これを試すんです。

たとえば、ちょこっと悪さをする。
この時、どんな叱り方をするかで、本気度を図っているんです。

「叱る」「怒る」の違いも子どもは瞬時に判別できます。
これは、年齢的に肉体的に大人になっても家庭内暴力などで同じように
自分への本気度を計るんです。

愛に飢えていたり、劣等感が強いほど、その傾向があります。
DVの問題もそう、
人生におけるどんな問題も同じように本気度を試されているんだと私は思っています。
どれだけ、逃げずにきちんとその問題と向き合えるか?

その問題のエネルギーよりも解決するって本気度

エネルギーが上回った時、解決すると思っています。
本気で解決したいと思った時、適切な対応の方法が見えてくるんです。

今まで、盲目だったので見えていなかった解決策が…。
なぜなら、本気で解決しようとすれば、
ありとあらゆる情報、その問題における専門家やサポート機関を探し、
解決策を見つけるまで解決するまで行動をやめないからです。
どれだけ現実と逃げずに向き合っているか=本気度
だと私は思っています。


yujihiwasa at 13:26|PermalinkComments(0)

July 16, 2012

さかなクン

いじめの問題のニュースが連日のように続いている。
いじめの問題は、私はいつも中学一年の担任の先生を想い出します。
当時、私のクラスにも、いじめのような状況がありました。
その時、先生が言った言葉を今でも覚えています。
私は、いじめには、加わっていなくて、普通に話しをしていたのですが、それでも、いじめ、無視や仲間はずれをとめなかったので、見てみぬふりをしているのと同じである。
今でも、深く私の心に残っている。
...
今、ニュースになっている学校、昨年の12月に起こった出来事、
その当時中学2年生だったということは、
今は3年生である。
高校受験を控えた勝負の夏といわれる時期、
生徒のことを考えると、報道の加熱ぶりに違和感を覚える。
生徒のためって本当に想っているのでしょうか?
生徒は、報道と同じように、先生や誰かを責めるのではなく、
自分がこれからの人生、進路をどのように進んでいくか?
考えて、行動してほしいです。

もっとシンプルに考えたいですね。
責任を追及すると、事実は隠されます。
これは、世の常です。

私の心のメンター さかなクンの記事を転載します。
http://www.asahi.com/edu/ijime/sakanakun.html
東京海洋大客員助教授・さかなクン
いじめられている君へ
「広い海へ出てみよう」

中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。
突然のことで、わけはわかりませんでした。

 でも、さかなの世界と似ていました。
たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。
せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、
1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。
けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。
すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。
助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。
いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、
なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。
 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。
ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。
でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。
学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、
その子はほっとした表情になっていました。
話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、
だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。

 ぼくは変わりものですが、
大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。
大切な友だちができる時期、
小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。
広い空の下、広い海へ出てみましょう。
(朝日新聞2006年12月2日掲載)


yujihiwasa at 11:55|PermalinkComments(0)

July 13, 2012

けんかの根っこ (恋人とのけんかの根っこは・・・)

動きの早さの違いがけんかの根っこ!?

(気質分析について)
気質分析で、人間の行動パターンを大きく分けると3つにわかれます。

例えば、
ツアー客の団体を例にすると添乗員が「あちらに集合してください。」と誘導したとします。

添乗員さんが「あちらに集合…」と言い終わる前にもうそっちに向かって歩き出す人。

何人かが歩き始めたのをみて、なんとなく後ろから後をついて向かう人、

あっちってあのビルのところですか?ときちんと場所を聞いてからでないと、動かない人

の3タイプです。

●とりあえず、行動することに重きを置くタイプ。
フットワークは軽いのですが、時に早とちりだったり…。

●廻りの状況をみて感覚的に判断するひと、
どう感じたかが大切で、廻りの和を大切にするタイプ。
感じ方が重要なのでともすると、好き嫌いで物事を判断してしまうことも…。

●頭できちんと理解してから動くタイプ。
計画とかたてるのが得意で、きちんと始めに用意をしてから動こうとするタイプ、
時に、考えることばかりで行動に移せないことも…。

あなたは当てはまるタイプはありますか?

気質分析はもう少し詳しくタイプをわけていますが、
その土台となる一つのタイプ分けの方法がこの3タイプで、
行動決定の優先順位といわれます。
そんな視点で身近な人をみてみると今まで腹立たしく思える言動も、
なるほどぉってなるかもしれませんね。

ちなみに私は、行動が早すぎてしんどいって言われました。。。

早くしてって言ってない?
KARA SPEED UP

yujihiwasa at 08:52|PermalinkComments(0)

July 06, 2012

不機嫌な甘え

「もっと関心を持って欲しい。」
「もっと耳を傾けて欲しい。」
「もっと私を評価して欲しい。」
「もっと私の立場を誉めて欲しい。」
「もっと私の事を・・・。」
こんな要求をした事ありませんか?

子供の頃はこの要求が認められない時、ぐずったり、すねたり、泣いたりします。

大人になるとどうするかというと、不機嫌になるんです。
不機嫌て、受け身な形で、相手を責めているんです。

これは、心理的に言えば、甘えなんですね。
自分を中心に自分の思い通りにしてほしい。という要求です。

自分のエネルギーが中心となって動いて欲しいということです。

不機嫌な人に敏感な人もまた、甘えを持っている人です。

不機嫌な人を見て、すぐに、自分自身も不機嫌になる人。

「○○さんがそんな態度だったら、こっちまで不機嫌になる。」
そんなことよく耳にしませんか?これって、根っこは一緒なんですよ。
あなた自身も自分が不機嫌になるようなことはしないで欲しいって、
周りのみんなに要求しているんですね。
相手が不機嫌な態度かどうかに気づく。

それにどう反応するか?

その態度に、あなたの甘えたさん、依存君がいませんか?
最近、知らず知らずに要求しようとしていた自分自身に気づきました。

歩きながら瞑想(立禅?)ってワークの中で老師に指摘されました。
で、前にブログで要求ってことについて書いていた内容を思い出して再読しました。これを書いた過去の自分に感心…。過去から貰ったメッセージです。

甘えについて書いているお勧めの本です。


甘えについて読んでいると、聴きたくなりました。
 

yujihiwasa at 16:12|PermalinkComments(0)

July 05, 2012

好き

すき DREAMS COME TURE

「あなたの事が好きって押しつけてない?」
って話題をお伝えしたいと思います。)

あなたの事が「好き」って言われると嬉しいかもしれない。

しかし、初めだけ・・・。
でも、「好き」って言葉にはとても大きな力があるんですね。
今のあなたが「好き」なんです。

そして、どれだけ「好き」か?を必死になって伝えたりする。
同じように、どれだけ私の事を「好き」かを常に確かめようとする。
どれだけ「好き」か?をいつも考えている人は、ナルシストだそうです。

また、劣等感を埋め合わせしている人です。

劣等感の強い人にとっては、ちやほやされることはとても嬉しい。

だから、どれだけ「好き」か?をいつも表現する。
行動や態度、言葉で・・・。そして、それを相手にも求める。
お互い劣等感を持っている人同士だと、
何か、煩わしい一面があっても、どこか離れなれない関係を続けることが多い。
もし、相手が心が成熟した方だとしたら、煩わしいだけかもしれない。

初めは、「好き」と言ってくれることに好意を抱くが、
他者からのいろいろな干渉や注目されすぎることには耐えられなくなる。
注目されることで喜ぶ人は少なからず、劣等感を持っている可能性がある。

相手を「好き」って言っている時は、相手の事を信用していない。
信頼していない事が多いですね。
相手の事を信用して、信頼している時、相手に自分がどれだけあなたのことを「好き」か?
なんて伝える必要はないのです。
なぜなら、その気持ちをきちんと受け取ってくれているって信用しているから。
そして、同じように私の事を「好き」であるということを信頼しているから。
信頼や信用をきちんと出来る関係は、相手のことが「好き」という感情表現ではなく、
相手の事を「大切にする」っていう感情表現をするんです。

相手を「大切にする」ってことは、相手を尊重し、認めることが出来ないと出来ません。
そして、それは自分自身を「大切にする」ってことが出来ていない人は出来ません。
人を「大切にする」ってことを知らないのですから。
自分を「大切にする」ってことが知らないのですから。
 
まず、自分を「大切にする」
自分を粗末に扱っていませんか?
昔の私はとても粗末に扱っていました。今も粗末に扱っているかもしれません。
もう一度、見直してみることができました。

(大切にすることと、エゴとは違います。)

きちんと「自分を大切に出来る」人は、相手を大切に出来るんですね。
それは、ちょっとした行動で判断できます。

目に見えない所、誰もいない所でも、ひとつひとつの言動を大切にしている人。
たとえば、誰もみていないからといって乱暴にモノを扱ったり、ゴミをポイ捨てしたり…。
ホテルの布団をぐちゃぐちゃのまま放ってチェックアウト、客の時の定員さんへの態度など。
こんな些細な行動に本心って表れるんですね。
自分を大切にする。同じくらい相手を大切にする。

自分も気をつけなきゃですね。

yujihiwasa at 16:35|PermalinkComments(0)

July 01, 2012

愛のことば

「愛のことば」

Gary Chapman博士は、愛の言語には5つの種類があると著書の中でおっしゃっています。

①言葉で表現する「愛」・・Words of Affirmation
②氣を向ける時間「愛」・・Quality Time
③身体で触れ合う「愛」・・Physical Touch
④プレゼントなどを与える「愛」・・Receiving Gifts
⑤相手を氣遣う行為「愛」・・Acts of Service

あなたはどのように愛情を表現していますか?
どう表現してもらえると嬉しいですか?
プレゼントも嬉しいけれど、一緒にいる時間がないとどうも愛情を感じられない。
ちょっとした何気ない気遣いが感じられると嬉しい。
常に言葉をかけてもらえたら嬉しい。

など、それぞれに使っている、受け取れる愛の言語が違うようです。

自分は、相手のことを大切に気遣っているのになかなか自分の愛情が伝わらない。
 いつもプレゼントするのになんだか嬉しそうにない。
一緒にいる時間を忙しい仕事の予定をやりくりして作っているのに、
どうしてわかってくれない?
それぞれがどの言語を使っているかによって違うんですね。

それがすれ違い、誤解の原因だったりします。
どの愛の言語を使っていますか?もしかしたら相手の愛の言語を理解できていないことなかったですか? あなたの愛の言語は何語?
これは気質として生まれながらの傾向もあると私は感じています。
自分がどんな愛の言語を使っているか?

ちょっと考えるきっかけにしてもらえたら嬉しいです。

私の好きな曲
「愛のことば」スピッツ


yujihiwasa at 08:38|PermalinkComments(0)

May 24, 2012

地獄を知る

地獄の本が今、売れているようだ。

地獄について詳しくはこちらを参照

きっかけは、子育ての現場で子供に読みきかせているようだ。
こちらが保育園で実際に読みきかせている映像

私も子供の頃に、地獄について、聞かされた記憶がある。

子供は平気でうそをついたり、約束を破ったりする。
物を乱暴に扱って、すぐに壊したりする。
子供に限らず、大人だってそういうところはあると想う。

私も、今日、この地獄についての映像を子供と一緒に観た。

私は、「誰だって、人間うそをつきたくなるし、ごまかしたくなる。」
    「適当にしたり、サボったりしたくなる。」
    「だから、私は、一生懸命、手を抜かないで、今できることを精一杯しようと想って毎日過ごしている。」
    「そうやって生きようと想っていても、人間だから、私もうそをつくこともあるだろうし、ごまかしたり、適当に    
  することもある。」 
    「どんなにうそをつかないでおこうと想っても、人間って弱いからやっちゃうんだよね。」
    「でも、同じくらい、人間は、うそをついちゃうかもしれないけれど、人を喜ばせること、幸せにすることだっ
  てできるんだよね。」
    「どっちの時間を多くするか?」
    「それが、自分の人生がどんな人生になるかが決まるんだと、私は想っている。」
そんな話をした。
地獄という考えが善いか悪いかは、宗教観などもあると想う。
でも、私は、人生において、この人にだけはうそがつけないなぁって思える先生がいたことがとって大きい。
人生にとって、人智を超えた怖い存在があるということが、自分を律するきっかけになるのであれば、地獄という宗教観も採用していいのではないだろうか?

私は、自分の人生を知る手がかりの1つに手相鑑定を用いている。
手相に書いていることは、今の自分のままだったらこんな未来に繋がっている。ってことがわかるんですね。
今の自分を作った過去も刻まれているんですね。
そこには、自分の才能なども書いている。
自分が、人を喜ばせたり、人のため、自分を幸せにするために、必要な想い方、考え方のきっかけになるのであれば、地獄って考えも、手相や占いも用いるといいんだよね。

「地獄に落ちるわよ」って人を脅すのでなければね。

最後に昨今、最も売れている絵本地獄を紹介します。



yujihiwasa at 00:25|PermalinkComments(0)

April 14, 2012

桜の樹

私の好きな曲です。
コブクロ 桜

桜の樹を観ていると、
幹の途中からちいさく生えて咲いている一輪の花をみつけ、気持ちがほっこりします。
自然って柔軟なんですね。
咲きたいところから咲く、花を咲かせるまで、ずっと1年間ワークを続けているんですね。
花を咲かせるために…。


私の個人的なことですが、桜の季節になるといつも思うことがあります。

亡くなって数年が立ちますが、
介護をしていた叔母を毎年、桜を観につれていっていました。
そのたびに、今年が最後かなぁ…って。
そう思って、何年も桜を観たことを思い出します。
人生の最後、いろんなことがあっても最期を笑顔で過ごしてほしいと思っていた。

人生の最期を笑顔で過ごせるヴィレッジ(村)、
施設ではなくて、ヴィレッジ(村)やタウン(町)をつくれたらいいなぁとずっと思っています。



yujihiwasa at 16:37|PermalinkComments(0)

June 12, 2011

DV(ドメスティックバイオレンス)

正当化という心理プロセスが働くからです。

罪悪感と依存の問題などいろんなことが絡んできます。
DVの相手(加害者)を周りが非難すればするほど、逆効果になりがちです。
 

被害者側が加害者(恋人)をかばおうとすることもあります。

その心理のひとつには
「彼を悪く言う=彼のことを好きな自分も否定されている→そんなことをいう人は嫌い」
となったりします。


デートDVについて

簡単にいえば、恋人同士の間で暴力や過度な干渉、束縛を伴う行為のことです。

文章では、簡単に言い表すのですが、実際のケースとしては、一言ではいえませんね。


ある専門家の先生がおっしゃっていたことに、
メールや携帯電話がデートDVの行動に拍車をかけているそうです。

すぐに電話にでない。メールの返事が遅い。はじめはこんな理由からだそうです。

 

暴力や脅しというのは、とてつもないラポールを作ります。(良い悪いは別として)束縛もそうです。

なにかを制限させてコントロールする状態を作ればラポールが出来ます。


ラポールとは、当事者間で起こる無意識での関係です。
そのラポールがやがてアンカー(心の奥にくさび)となっていきます。

別れたいけど、別れられない。
そんな状態になります。
そんな時に周りから、別れなさいとか、彼(彼女)のことを
非難されたりするとどうしたらいいのかわからなくなります。
アンカーかかっていますからね。
そんな自分自身をどうにか保つ為に自己正当化したりもします。

その後の意思決定を行うこと。
具体的にいえば、1度の彼との嬉しい体験や気持ちいい体験にその後の判断が引きずられて、
冷静に判断できなくなること。


アンカリング(アンカー)とは

意思決定者が初期に得た情報に心理的に引きずられて

デートDVの場合で、少しでも好きとか相手へのつきあい当初の感情が残っていると


「彼(彼女)のことを非難する→自分自身も非難されている→そんな非難ばかりしかしない人達ばかりですべて嫌」

となったりします。

最悪は、そんな彼でも普段は優しいと擁護したり、
私のことを好きだと言ってくれる人はこの人しかいない、
必ず殴った後に謝ってくれて優しくしてくれる、などなど。



親御さんからすると相手のことを憎くて、こんなに暴力を自分の子供にふるわれて…となります。
そのお気持ちは察するにあまりあるのですが、
相手をどうにかしようとか、相手と別れさせようとすればするほど逆効果になるんですね。

そのことを周りの人には納得していただいて行動しないと解決しないんです。
それは何故かというと、
どんな物事でもその物事に焦点を当てるとその物事が絶対的になります。
固定されるのです。


そうなると別れさせる為のアプローチには反作用の働き、反発が起こるんです。
痛みを意識すると痛みが増すのと一緒です。

違うことに注意が向いていると痛みを忘れることもありますよね。
 

どうするか?
別れさせようとしないこと。そこに焦点をあわせないこと。
 

さらに上のところに焦点を合わせること。幸せな未来に繋げること。

それでも、メールや携帯という個人対個人をダイレクトに繋ぐツールが、DVからの脱却を妨げます。声だけでもトリガー(引き金)になって、離れていた関係が元に戻ることもあるんです。

 

最後に、不安や恐怖、怒りの感情を引き起こすことは、ラポールをつくることです。

テレビの情報の多くがどれかに当てはまりませんか?

その後の意思決定を行うこと。
具体的にいえば、1度の彼との嬉しい体験や気持ちいい体験にその後の判断が引きずられて、
冷静に判断できなくなること。


依存について、考える際に私が参考にする本です。 
「甘え」の構造 土井健郎 著


yujihiwasa at 02:33|PermalinkComments(0)

September 06, 2010

コントロールは自分表現 (マインドコントロールの動機)

相手をどうにかしたい。
相手に変わってほしい。
クライエントさんの痛みを解消させる。
子供に言うことをきいてほしい。
相手を自分の思い通りにしたい。
・・・。

などなど。

コントロールするということは、必ず、〈主従関係〉になる。

「勝ち負けがある」とも言い換えられますね。

思い通りにコントロールできたと思った瞬間に、
あなたとその相手との関係は、知らず知らずのうちに
主従関係になっているんですね。

コントロールを常にしたい方は、どうすれば、相手を変えられるか?

ばかりを考えます。

そのために、いろんな方法を探します。

「ある方法がうまくいった」=「その方法で相手に勝てた」

うまくいかなかったら、また違う方法を探す。

そのスパイラルの中で
いつもコントロールする側、される側のどちらかに自分自身があるんです。

私がコントロールをやめて、コミュニケーションをとろうとすると、
コントロールしたい方は、私のことを
感情的に怒りをぶつけたり、脅したり、非難したり、からかったりして、
なんとか、感情を揺さぶります。

そうやって相手の感情をコントロールしようとするんですね。

子供が気を引こうと泣いたり、いたずらしたりするのも、
おかあさんの時間を自分に向けようとコントロールするひとつの方法ですね。

コントロールには、依存が大きく関わっています。

コントロールは、一番簡単な自己表現でもあります。

誰かを自分の思い通りにできれば、自己価値を簡単に見出せるのです。

何かをコントロールしたい、自分の自由に操りたい、
それは、あなたが生きている証を簡単に手に入れるための基本的な欲求と私は考えています。

あなたが今、コントロールしたいものってありますか?

コントロールできる何かがあることが、自分自身の存在価値を見出すことができるのです。
それって、〇〇がなければ、どうしようもなくなる、依存に近いかもしれませんね。
誰かを、何かをコントロールしたい時、
それは、もしかしたら、そのものに依存しているからかもしれません・・・。

コントロールする方法もあります。これがかなり意図を持って行うとマインドコントロールになります。

自分の人生においてはコントロールしてもいいかもしれません。
自分の人生をコントロールする方法
環境(風水・スペースクリアリング
身心(整体・コーチング)・バイオリズム(気質分析・手相
などを提案しています。
強力な禁断マインドコントロール法もありますが、こちらは、秘密です。


コントロールについて、私が参考にしている本があります。

グラッサー博士の選択理論―幸せな人間関係を築くために
ウイリアム グラッサー , William Glasser , 柿谷 正期



yujihiwasa at 13:42|PermalinkComments(0)