子育て・夫婦

December 22, 2016

「家族の為に…。」

先日、
クライエントさんと
お話していた中で、気になったこと。

仕事の業務内容がわかったり、
いろいろな事情で、
以前以上に長時間労働になったり、
激務をこなさなきゃいけない
状況になることもあります。

そんな時に、
「そんなにムリしないで…。」
「そこまで頑張らなくても…。」
って、
気遣って
声をパートナーにかけている方
多いかと思います。

そんな時に、
「家族の為に頑張っているんだ。」
って
云われることも多いかと思います。

そこで、
「家族の為って、私たちが重荷になっているのはツライ…。」
とか、
「そこまでしてほしいって、誰も頼んでない…。」
とか、
「そんな恩着せがましい云い方しなくても…。」
などと思ったことはありませんか?

そんな話を時々、お聴きします。


ここで待ってほしいです。

中には、
恩着せがましい場合
もあるかもしれませんが、

お聴きしている限り、
なんとか、
身心ともにキツイけど、
家族の為にって思うことで、
乗り切ろうとしているだけのこと
多いのでは…⁈
と私は考えてみてほしい。

人って、
誰かの為にと思うことで、
乗り切れることも多いです。

また、男性の場合、
プライドが生きる糧となります。
なので、
家族に今の生活水準を維持するだけの
甲斐性がある自分でいたいのです。
その為に頑張っているのです。

なので、
とりあえず、
恩着せがましいとかは、
思わないで、あげてほしいなぁ。

身体のことを気にかける場合も、
休んだらとか、ではなく、
仕事(激務)をやりこなせるために、
何をサポートしたらいいかって想いで、
接してみてほしい。
そして、
そんなツライ時期も笑って話せる
未来につなげてほしい。

そんな風に捉えてみて、
人生には、必ず、浮き沈みがある。
沈みそうな時に、
もがいて苦しい時期が
必ずあるんですよね。


働き方を、
変えれたらいいのだが、…。
なかなか、
日本の労働環境や仕組みから
抜け出すことは、
リスクが大きいですよね。

その前にもがいて苦しい時期も
あるんですよね。




yujihiwasa at 09:57|PermalinkComments(0)

August 17, 2016

発達の遅れを気にしすぎない方がいいかも。

本当は発達の遅れがないのに検査で発達の遅れありと判定されてしまう割合は、検査方法によって16%-22%、または36%。
だそうです。

下記を参照
https://medley.life/news/item/57b1429c40a12b2d008b4570?utm_content=buffer2b020&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

yujihiwasa at 04:44|PermalinkComments(0)

October 25, 2014

心配は、親心、不安は…。

お子さんのことを心配することは、
親心。
どれだけ心配しても大丈夫。

お子さんの将来を不安に思うことは、
子どもをコントロールしたい親のエゴ。
かもしれない…。

子どもを
コントロールしてはいけないわけではない。
コントロールしたいのであれば、
したらいいと思う。

とことんしたらいいと思う。
コントロール出来ないと、
心底明らめることができるまで。
明らめるとは、手放すこと。

親が1番最初に
子どもに教えることができること。
それは、理不尽さ。
人間は自分勝手な部分が、
必ずあること。
自分では決められないことがあること。
その1番最初が、名前。
その名前として
生きている覚悟や決意を教えること。

よく混同していることがある。

これは、人材育成などにも云えることです。
個性と才能はイコールではない。

個性は、伸ばす必要はない。
個性を伸ばすというのは、
エゴを増大させるだけ。
個性は、伸ばすものでも、
育むものでもない。
そこに、
生まれながらに
存在していることを認めること。

個性は、
枠にはめればはめるほど、
明確になり意識し始める。

これが、守破離の守。

才能は、伸ばすことも潰すこともできる。
才能は、褒めなければいけない。
誰でも、できるかも?って
思える為には、誰か褒めて貰えた時。
その才能が、
守破離の破を作ることになる。


でも、個性は褒めてはいけない。
なぜなら、
存在を褒めたら、
褒められることでしか、
自分の存在を
認めることができなくなるから。

個性と才能が、バランスがとれた時、
自立、自律し、
守破離の離となる。

身体でいう個性とは、
腸内細菌の種類と働き具合。
すべての細胞。
腸心セラピーは、
腸をほぐすのではなく、
腸に、触れる。
触れることで
個性、存在を認めて貰えた経験を増やす。

そして、
才能は、神経伝達のスピードと量。

神経伝達に欠かせない
脳内ホルモンの前駆体を作っているのは、
腸。

自分に向いているかどうか?
そんな悩みをよくお聴きします。

個性や存在を自分自身が
認めることが不十分なので、
自分の個性に合うかどうかわからない。

合うかどうかの基準にするものが、
あやふやなのだから。




yujihiwasa at 07:31|PermalinkComments(0)

April 14, 2014

なぜ、勉強する必要があるか?

「なぜ、勉強する必要があるか?」

もし、
子どもたちから
こんな質問をされたら、
どう答えますか?






いろんな理由があると思います。

それは、
目的や目標によって、
答えは違ってくるでしょう。

しかし、誰にでも云えることが、ある。

それは、
「騙されないため」

知識や、情報をたくさん持っていて
きちんと使える方が、
騙されないし、判断を明確に出来る。

必ず、騙された時、
騙した相手の方が、
その物事について、多くの情報を持っている。
知っていればしなかった。
その情報があれば、
そっちを選択などしなかった。

騙された経験がある方が、
次にすることは、
その騙された分野について、
徹底的に調べて、
勉強すること。

少なくとも、
何のために勉強するか?

そのひとつの答えが、
「騙されないため」
かもしれないですね。


yujihiwasa at 19:11|PermalinkComments(0)

February 23, 2013

方向性が違うから、・・・!?

方向性の違いから、袂を分かつ。って
イイワケ?ではないだろうか?

方向性の違いって、

リレーションシップにおいて、方向性の違いはとてもよいことだと想う。

なぜなら、チームとして機能しやすからです。

方向性が違うからこそ、お互いの視点が違い、補完しあうことができる。

風水では、真のリレーションシップとしての、相性を見たとき、

まったく、気質の違う人が、もっとも相性のいい関係とされています。

表面だけで、みると、方向性の違うふたつの→↓があった場合、
どちらかが常にもう一方の力にぶつかっているように見える。

しかし、それって、表面(平面)だけで見ている・・・。

これが、曲面になった瞬間にぶつからなくなるんですよね。

また、平行の二つの線↓ ↓は交わらないと想っていませんか。

同じ考え方、似たような気質だから、意見がぶつからないかというと、ぶつかりますよね。
同じ考え方、方向性の方同士のほうが、ぶつかると徹底的に衝突しますよね。
そして、修復不可能なリレーションシップになっちゃいますよね。

平行な二つの線は、交わります。それは、捩れた空間上、球面上、曲面上です。
私たちの生きている世界は、空間にいます。
空間にいるので、その空間がねじれているかどうかは、ほとんど認識できないのです。

その空間や球面上では、平行な二つの線は、交わります。
地球に書いた経線は、北極と南極ですべての経線が交わります。
経線は赤道(緯度0度)に対してすべて垂直なので、平行な線です。

方向性の違い、価値観の違いって?

どんな方向だって、交われるし、ぶつかり合うんです。

チームとして、お互いの方向性を認め合い、何かを作り上げていけるといいですね。

どうも組織としてなにか、決まったことを守るのは得意ですが、
チームとして、何かを作り上げるのは、苦手なのかもしれませんね。

私のセッションでは、メディカルケアウォークという歩くということを通して、
身体の力の方向性の違いが、動きをスムーズにしていることを学びます。
地面と身心とのコミュニケーションを学び、
パートナーとのリレーションシップを学びます。
そして、自分も、他者や他のモノも
大切にできるようになっていくきっかけを
体感していただきます。
そこから、ご自身の人生を見つめるワークを行います。

問い合わせは、
メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 なかがわ整骨院、もしくは、出張(全国)にてお受けいたします。


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February 16, 2013

存在感の示し方

存在を実感したい時に
最も簡単に行う方法は、
自己を傷つけること。
自己嫌悪、
自傷行為、
自分を粗末な状態、惨めな状態におく。

存在を誰かに実感させたい時に
最も簡単に行う方法は、
相手の邪魔をすること。
相手を傷つけること。
相手を怒らせること。
相手をいじめること。
相手を無視すること。


子どもが、親が忙しい時に限って、
邪魔やいたずらをしませんか?
恋人がどこまですれば怒るか、確認しませんか?

酒に溺れたくなることはありませんか?



私のセッションでは、メディカルケアウォークという歩くということを通して、
地面と身心とのコミュニケーションを学び、
自分自身の存在を歩くということで
確認し、自分以外のすべてのモノとの
コミュニケーションを学びます。
そして、自分も、他者や他のモノも
大切にできるようになっていくきっかけを
体感していただきます。
そこから、ご自身の人生を見つめるワークを行います。

問い合わせは、
メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 なかがわ整骨院、もしくは、出張(全国)にてお受けいたします。

yujihiwasa at 21:33|PermalinkComments(0)

February 08, 2013

正しい子育て⁉

image


コンビニで見つけた本。

このような本が、
子育てに正解があるように想わせてしまう。

子育てで、思うように上手くいかない時に、
間違った子育てを、
してしまったのではないかと不安になる。

それとも、発達障害か何かのせいにしたくなる。

子育てに正解はない。

良い言葉も悪い言葉もない。
やり方ではない。

ぶれない一貫した接し方をするだけ。
一貫した姿勢だと、そこから必ず学ぶ。
どんな言葉でも。

育児書(情報)が親を追い詰めているような気がする。

思い通りにならないのです。
思い通りに育ってもらう為の方法を、
探していないかなぁ。

子育ての問題は、とってもシンプルです。
私は、そのシンプルな原因を見つけるお手伝いをしています。


問い合わせは、
メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 
なかがわ整骨院、もしくは、出張(全国)にてお受けいたします。


yujihiwasa at 18:20|PermalinkComments(0)

January 07, 2013

ワギニスムス sex

「ワギニスムス」ってご存知ですか?
三宅婦人科内科医院のHPに詳しく載っています。)

SEXができない大きな一因と言われています。
ワギナといえば、女性性器のことをよく指す言葉として使われています。

膣周囲の神経や筋肉などが過敏に反応して、
ペニスを膣内へ受け入れることができない状態。
 

SEXというのは、エッチな行為ではなく、 本当はとても大切な行為なんです。

女性にとって充実した性生活は、免疫力と関係するという説もあります。
男性は、女性の性について、もっと理解する必要があると思っています。
 
SEXセラピーという方法もあります。
(SEXをすることによるセラピーというものではありません。)

あまり誰かに相談できるようなことではないかもしれませんが、 
理解をできるかぎりできるようにと考えています。

女性疾患も女性性と関係するようです。
特に子宮にかかわる疾患など。

そんな分野を扱うセラピストってほとんどいないですよね。

そんな分野に対処できるいろんな手法も学んできました。(まだまだ学んでいます。)

SEXについて、男性は、交感神経優位で行い、女性は副交感神経優位で行う。
このことだけでも、男性に知っていてほしいですね。
刺激だけでOKなのは男性だけ。

もう少し詳しく、ワギニスムスについてのケアの方法をお伝えします。
噛み合わせからくる緊張、
舌の位置
恥骨、骨盤、仙骨の第三番目のところを刺激することで、膣周りの筋肉が緩みます。
逆に仙骨の第二番目のところを刺激すると、膣周りの筋肉は締まります。
大殿筋と中殿筋、小殿筋、内転筋などの緊張、
足の親指に力が入らないようにマッサージなど。
イメージ療法、
SEXに対する嫌悪感のケア、
性についての想いのケア、
など
いろいろケアの方法があります。

匿名での相談、お受けいたします。

問い合わせは、メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、メッセージ、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 
なかがわ整骨院、もしくは、出張(全国)にてお受けいたします。
メールやお電話のみの匿名でのご相談も賜ります。


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December 19, 2012

「ありがとう」って云う時

私が「ありがとう」って言葉を発する時、

私が感謝の気持ちを伝える時、

そんな時に、云う、「ありがとう」は、どうも多くの方と違うみたいだ。

私は、「ありがとう」と想った時、
それ以上、相手に対して何かを求める気持ちがない。。

私の中の感謝の気持ちの中には、どうも、許すという気持ちも同時にあるのだと想う。
多少不満があっても、できれば、こうしてほしいってのがあっても、

感謝の言葉、「ありがとう」っていうことで、
そんな不満も、許している、
そして、あなたが行ったことではなく、
自分にそのように接してくれた存在である
あなたが居てくれたことに、ご縁に
感謝して「ありがとう」なのです。

その時、私の中に、
でももう少し、〇〇してくれたら、もっと嬉しい、ありがたいって
アイディアはないようです。

だから、私は、いつも勘違いしてしまう。というか、
いつもびっくりしてしまう。

ありがとう」って言ったすぐ後に、
〇〇のことは、嬉しい、けど、もう少し、△△してくれたらもっと嬉しい。って。
こんな風に想ったことがないので、いつもびっくりすることがある。

こんな風ってどうな風かというと、

「ありがとう」って感謝しているといいながら、

欲を言えば、もう少し、〇〇してくれたら、うれしいんだけど。

感謝をしているけれども、
この辺が、どうしても許せない、って言われると、

私は、ほんとに感謝しているのか、わからなくなる。

私は、「ありがとう」って言葉には、
感謝の気持ちと同時に
相手の存在を許し、かけがえのない、なかなか在り難い人物だという気持ちを込めた
言葉だと、想っています。

「ありがとう」は、
そんな素敵な言葉だと私は想いたいなぁ。

出来事にではなく、その方の存在に、
「ありがとう」といえると、
でも、もっともっと〇〇してほしい。ってならないかもしれないなぁ。

私は、そんな「ありがとう」を多くの方に云いたいなぁ。


yujihiwasa at 16:28|PermalinkComments(0)

December 01, 2012

責任を持つとは?

先日、息子に話していたことなのですが、

自分の行動や言った事に責任を持つとは、どういうことか?

ということを考えてもらいました。


特に、してしまったことについて、責任を持つとはどうしたらいいか?
(誰かを傷つけてしまったり、何かを壊してしまったり、・・・)


あなたはこの質問にどう答えますか?





私の考えは、
自分がしたことを忘れないこと。だと思っています。

自分が何をしてしまったか?
故意でなくても、結果的にしてしまったことを覚えておくこと。


そのあと、謝ったり、次はしないように気をつけたりするのです。
謝るのも、次はしないように気をつけるのも、未来に対して、自分がどうするか?
を考えている。

やってしまった、今、できることは、
やってしまったことを、ごまかさず、覚えていること。

だからこそ、謝るという行動に向かうわけで、
だからこそ、次しないように気をつけられる。
私はそう思っている。

まず、今にいる。そのためには、やってしまったことをちゃんと覚えておくこと。

責任は持つもので、取るものではない。
なぜなら、責任は誰も取れないから。
起こってしまったこと、起こしてしまったこと、やってしまったことを
それが起こる前に戻すことは絶対にできない。
やってしまったことを、やってしまう前に戻すことはできない。

責任は持つもの。
それは、自分のやったことを覚えておくこと。

私は、そんな大人になりたいと想って、今も生きている。

行動する前に前もって、
責任を持っていると、
覚えておきたくないようないい加減な行動は、無意識でしなくなるんですね。
相手をむやみに傷つけるような言動もできなくなる。

責任を持つということは、リスクをちゃんと背負うということとも言い換えられるかもしれませんね。


私の行っているメディカルケアウォークのワークでは、
時々、痛みを伴うワークがあります。
私は責任を持って行っているワークです。
問い合わせは、メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 なかがわ整骨院、もしくは、出張(全国)にてお受けいたします。




yujihiwasa at 00:21|PermalinkComments(0)

November 30, 2012

ADHDやLDになるのは好みの叱られ方でしか云うことを聞かなくていい

ADHDやLDになるのは、好みの叱られ方でしか云うことを聞かなくていいって
無意識で教えていないだろうか?

「大きな声で怒鳴る人は人格者ではないので、話を聞かなくてもいい?」

私の個人的な見解なので、異論もあると想いますが、
誤解を恐れずに話したいと想います。

最近、よく想うのですが、
部活で顧問が大きな声で怒鳴るように、
「こら、そのプレー、たるんどる!!!」

などと、怒った時、どうも、
「また、大きい声で怒鳴ってる。」
「もっと違う言い方ないのかよ。」

みたいな態度が見受けられることがある。


大人が子供に叱っている時、
それを観ている他の大人たちも、その怒っている人をそのように非難しているのを見受ける。

また、叱られている子供たちにも、そんな態度が見受けられる。
「そんな言い方しても聞くもんか?」
「聞いてほしかったら、いうこと聞かせたかったら、もっと違う言い方しろ!!!」
って、影で言っていたり、そのような目つきや態度が見受けられる。

注意の仕方が、自分の好みの注意のされ方じゃなければ、云うことを聞かない。
って、こと多くない?
それって、よくできた人格者である大人(親・上司・先生など)なら、
そういう私にあった注意の仕方をするのが当たり前。
怒鳴って叱るなんて、そんな注意の仕方で、私が素直に聞くと想っているの?

って、いう感じがしてならない。


私は、理不尽なこともあるかもしれないけど、
なんらかの自分の行動、言動が相手が怒鳴りたくなるような結果を生んだと想っている。
ので、
まず、私の何が、不機嫌にさせたのだろう・・・。って
振り返ることからはじめている。

私は、少なくとも、叱られた時には、そう想って、今まで生きてきた。
そうやって、学んできたと想っている。
私は、怒鳴るほうが悪いってならないんだけどなぁ。
怒鳴られたら、めちゃくちゃ嫌だけどね。
怒鳴る時って、よっぽどのことがないと人はしないと私は考えている。
これって、どうも私だけ特別のようなのです。

私は、何があるにしろ、
相手の感情に触れる行動や言動をしたのは
自分の何かしらの行動や言動だと想っている。
それに気づいていたら、元々しないはずで、
自分にとっては普通の表現や行動が、
相手にとっては、違うメッセージになることも多い。
相手がただ、機嫌が悪かっただけかもしれないときもあるかもしれない。
それでも、その相手が機嫌が悪い状態にあることに気を配れなかった自分の行動をまず省みる様にしている。


怒る、叱るのには、人格者として、相手に合わせた叱り方をしなければいけない。
それができないような人は叱る資格はない。
それができないような人のいうことは、聞かなくていい。って
無意識で子供に教えていないだろうか?
無意識で想っていないだろうか?
この叱られ方だったら、素直に聞くけれども、
そんな言い方では、私の方が悪くても、聞く気にならない。

これが、ADHD、やアスベルガー、LD、などの症状と関係するように感じています。
ちゃんと、自分の好みの言い方でしか、いうことを素直に受け入れない。 好みの物事にしか、注意を向けない。 あとは、知らんぷり!? 注意欠損って、こんな在り方から 始まるのではないだろうか?
育て方、叱り方が大事。
それを間違ったら、子育て失格、みたいなのも•••。 人格者として相手に合わせた叱り方をしなければならない。

そんな人格者ってどれだけいるのだろうか?

普通の人間でいいのではないだろうか?
もっと、単純に、相手が怒鳴って怒ることにはなにかがあった。
クレーマーと呼ばれる方にも何かがあったのです。
その何か、こちら側にあったという、
自分自身の行動や言動をちゃんと省みる姿勢が必要なのだと想っています。


私は、こんな考え方の元、
身体のゆがみから手相や風水などともに、コンサルティング、カウンセリングさせていただいています。

問い合わせは、
メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 
なかがわ整骨院、もしくは、出張(全国)にてお受けいたします。

yujihiwasa at 02:32|PermalinkComments(0)

November 24, 2012

反省するってどうすること?

反省するって、どうすることだと想いますか?

次はしない。
自分の行動を思い返す。
など、簡単に思い出すでしょう。

私の考えは、
反省するという行為は、
相手がどんなに怒っていようが、さらに怒るかもしれない状況であろうが、
誰かに責められたり、非難されようが、自分のやってしまったことを、
できうる限り、ありのままを云うこと。

これができていない状態で過去になんらかのわだかまりを抱かえている方が多くいます。
それらの自分が終わらせていない(ちゃんと反省していない)過去の出来事を
終わらせることでしか、前に進めない。


それらを終わらせるカウンセリングや心理療法がたくさんあります。

私の考え方での反省するという行為を、
その都度、行っていると、将来に、自分が何かを決定する時に
すぐに行動に移しやすくなります。

終わらせたい過去、それには、交通事故や、大切な方が亡くなった時の身心へのショックも含まれますね。

問い合わせは、メディカルケアウォークの問い合わせ、もしくは、直接、お電話ください。
施術場所は、大阪 中津 
なかがわ整骨院


yujihiwasa at 03:27|PermalinkComments(0)

November 04, 2012

お互いを見ているのではなく…人生、会社編

今までの人生を振り返る時、歩んできたと表する。
大きな意味で歩くってこと!?
 
そんな時、
自分の仲間であったり、家族、パートナーも同じ方向に歩いているからこそ、ずっと付き合えるんです。

お互いを見ているのではなく、同じ方向を向いていること。

また、相手と比較ばかりして、相手の方に向いているだけだと、
気づくと相手は自分からどんどん離れていきます。

同じ方向に向かっていないので、気づくと隣にいないんですね。自分だけ立ち止まったまま…。
(トラウマも過去の方に向いて立ち止まった状態ともいえるかもしれませんね。)


お互いを見ているのではなく、同じ方向をみている。
会社などの組織もそうです。
上司や同僚の方に向いてばかりだとどうでしょうか?
社長だけが、一生懸命でも、他の社員さんや組織全体として同じ方向に向かっていないなんてことないですか?

家族もそうですね。お互いがばらばらに向かっていたらどうでしょうか?

逆に、家族の方をみてばかりいたらどうでしょうか?
親のせいにして、親を恨んで、親を刺すなんてのは、まさしく、親だけしか見ていない状態ですね。
逆に親の顔色ばかり伺ってたり、遠慮して、自分を抑圧するのも同じですね。

あなたはどこに向かっていますか?



yujihiwasa at 13:19|PermalinkComments(0)

お互いを見ているのではなく…個人編 (ゲシュタルト療法)

お互いを見ているのではなく、同じ方向を向いていること。

いきなり、何のこと???と思われたかもしれませんが、
パートナーとの関係で、とても大切なこと。

お互いを見ているのではなく、お互いが同じ方向を向いて歩んでいくことのできる存在、それがパートナー。

相手のことばかり気にして、相手が今、何をしているか?
いつも電話やメールで確認していないと不安になる。


例えると、運転席と助手席のような関係、同じ方向に進んでいる。
でも、ちゃんと、お互いをみて、疲れてきたら、少し休もうかと気遣える。
時には、役割を交代することもある。
でも、じっと助手席の人に見られながら運転していることを想像してみてください。
これが、相手のことばかり気にしている状態。

じっと見られながら食事できます?
なんだかしんどくない?


食事とか運転とか、場面を限定すると、わかりやすいかもしれない・・・。

男女、親子関係において、感情が加わった時、相手をみてばかりになっていることに気がつかなくなる。

さらに、厄介なのが、相手をずっとみていることが愛情表現だと思ってしまうことさえ起こってしまう。


バーのカウンターなどで隣り合わせで飲むと親密になって、話しやすいと言われてます。
これは、物理的にお互いが同じ方向をむいているからですね。

クレーム処理の際、お客様の横に立って、同じ方向を身体が向くようにして話を聴くと、
スムーズにお客様のわだかまりを解消しやすいと言われていますね。
絶対に向かい合ってはいけないというマニュアルがあるって話も聞いたことあります。


これは、ゲシュタルト療法のエンプティチェアワークにもあてはまるのですが、
相手と同じ方向ということは同じ視線でみる。ということなんですね。
共感しやすくなったりということもあります。

お互いを見ているのではなく、同じ方向をみている。
あなたは、大切な人と同じ方向を向いていますか?




yujihiwasa at 13:15|PermalinkComments(0)

October 30, 2012

これもコミュニケーション

「どうせ、言ってもわかってもらえないから、・・・」
「私は、私の好きにするから、いう必要がない」
こんなこと言ってるかも?

わかってもらえなくてもいいじゃない。 

伝えることと、
自分のことを、無条件に認めてもらうことは違う。

わかってもらえないから、伝えない。
自分のことを、すべて受け入れてくれる都合のいい人を求めてる?

それって一方通行かも?
相手の反応は自分の期待通りじゃなきゃ、伝えたくない。
相手の存在、無視してるかも?



yujihiwasa at 12:50|PermalinkComments(0)

October 28, 2012

ありがとう  

ありがとう 松下奈緒


(感謝の気持ちVS恥ずかしい)
直接感謝の気持ちを伝えることは、恥ずかしい。です。
とくに、いつも一緒にいる身近な存在になればなるほど…。

感謝の気持ちを伝える為に、何か普段しないこと、違うことをする。

家族に感謝の気持ちを伝える為に、頑張っている姿を見せる。
例えば、マラソンに挑戦したり、何かしら新しいことをする。

違うことを、したくなるんですね。

その人の目の前で、「ありがとう」と精一杯の笑顔で伝えるだけなのだけど・・・。

言葉でなはく、身体で「ありがとう」と発したら。
そして、家族やパートナーなら、ぎゅっとハグし、お互いの胸のチャクラが触れあえば、
なんの言葉も余計な行動もいらない。
それが、恥ずかしい・・・。
私は結構、街中でも、平気でハグをするので、ガイジンだと想われている・・・。
よく、ハワイの人に間違えられる・・・。。。

真に心の底からわき出た情動を自然と表現する時、恥ずかしさよりも伝えたい気持ちが優っている?
ありがとうの気持ちが、恥ずかしさよりも強く想える人でありたい。
恥ずかしさよりも、ありがとうを全身で伝えることができる幸せを噛みしめたい。

相田みつをさんの言葉に
「美しいもの美しいといえるあなたの心が美しい」っていうのがあります。
私が好きな言葉なんですが、美しいモノを見た時、素直に美しいと表現できることって素敵ですよね。
感情、気持ちもそう。


一番身近な人に伝えてみましょう。
「ありがとう」と・・・ 。




yujihiwasa at 23:47|PermalinkComments(0)

わかっているはず

「わかってくれているはず・・・。」
「わかってくれていると思っていたのに・・・。」
【わかってくれているはず】って思って伝わっていないこと。
 
「どこ行くの?」って聴くと
「いつものところに決まっているでしょ」

うるさそうに言ったりしてませんか?

「いちいち聴かないでもわかってほしい」

いつものとこってどこ?
たぶん、買い物かもしれないけど、今日は違うかもしれないでしょ。

ちょっとした一言で伝え合うこと、なんで、そんなに面倒がる?

家族同士でわかっているつもりになっていることない?
お互いを確認しあうコミュニケーションって大切。

依頼と承認、
ちょっとだけしてみませんか?
特に、身近な家族に、パートナーに、先生に、友達に、・・・、
そして、自分自身にも。



yujihiwasa at 12:27|PermalinkComments(0)

October 26, 2012

テストの点数を加点方式に 内村選手を想う 

100点満点のテストをやめたらどうだろうか? あらかじめ、 200点くらいの問題数のテストを作って 時間内で解く。 結果は、加点方式で、正解得点の合計で決める。 指標は、ひとつじゃなくて、 正解得点合計、(理解度)と、 解いた問題の総得点分の◯◯点で計算した、 正答率、(正確度)と 解答した問題の数の合計の 解答問題数、(試験に取り組む姿勢) で、計ると減点方式より、 よっぽど将来における いろいろな物事に取り組む際の 取り組み方が変わってこないかなあ。 デキル生徒って、試験問題、だいたい半分くらいの時間で終わって、退屈だったものです。 失敗してはいけない減点方式より、 よくないかなぁ。 体操競技は、 加点方式と減点方式を うまく取り入れた採点方式なのかもしれないね。

yujihiwasa at 02:09|PermalinkComments(0)

大切にするって難しいね。

大切にしようとする
気持ちがあれば、
それだけでいいなんていうのは、
ウソなんだよね。

大切にしてくれる人って、
自分にとって
してほしいことをしてくれる人
なんだよね。
してほしいことをしてくれてるかどうか、
いつもジャッジしている自分が
そこにいるんだよね。
くだらない自分が…。

ジャッジだけじゃなく、
減点方式で、累積されていくんだよね。

決して、加点方式じゃなく…。

yujihiwasa at 01:43|PermalinkComments(0)

October 25, 2012

愛することは、ひとつの行動に過ぎない。

愛することが出来ない。
愛情を注ぐことが出来ない。

だから、感謝の気持ちをいえない。
だから、腹が立つ。
だから、大切にできない。
だから、○○できない。


愛があって始めて、相手になにかができる。
愛があるから、相手に○○できる。

って想っていませんか?


愛することは、1つの行動に過ぎない。
愛することが出来なくても、大切にすることはできる。
感謝することもできる。
相手を思いやることも出来る。
相手を尊重することも出来る。

どれも同じ行動の1つのパターンに過ぎない。
できることをすればいい。

愛することができているかどうか、わからなくても、できなくてもいい。

yujihiwasa at 23:39|PermalinkComments(0)

October 01, 2012

コーチとは?

チームをまとめる時に大切なこと

尊重
ルール
制限

この要素が必要。

個として尊重し、組織として、ルールがあり、
チームとしての制限がある。

これらのことが徹底された時、チームは強くなる。

子育てにも当てはまります。
子供を、個として尊重し、
社会におけるルールがあり、
家族としての制限がある。

私がコーチについて、いつも勉強になる映画
そして、大好きな映画
「コーチ・カーター」


yujihiwasa at 16:15|PermalinkComments(0)

September 26, 2012

お手本はお父さん、お母さん!?

新大阪駅に到着する車内でこんな声を聴きました。
子ども:「次で降りるの?」
母親:「次はまだ新大阪だからこの次の駅でおりてUSJ行きに乗り換えるから」
子ども:「新大阪ってことは、新しい方の大阪?、古い大阪はどこにあるの?」
母親:「…」

私は素直な発想だなぁっとはっとさせられました。
と同時に、きっと「新しい」「古い」ってよく親御さんが口にされているんだろうなぁ。と感じました。
もしかしたら、そんな基準で物事を知らず知らずにとらえる癖があったりするのかもしれないですね。

何気ないことが与える教えって一番深く子どもが受け継ぐのではないかと思っています。


子どもは常に親を真似ています。
わかりやすいところでいえば、歩き方、ご飯の食べ方、姿勢、…。
テレビを観ている姿って似てますよね。

そこで私が、いつも気になるのが、車の運転マナー。
子供を乗せて、割り込む運転。
狭い道路で対抗車両が停まってくれているのに知らんぷりでさっと通り抜ける車。
どこでも停車。塾のお迎えの車で一車線つぶしていても平気な親御さんたち。
そんな車に何気なく乗っている子どもさんたちに受け継がれる運転マナー。

車って唯一、自分の自由に動いてくれる物だから、
自分の無意識の感情や心の在り方が反映されます。

店の入り口を塞ぐように自転車を停めてもなにも違和感を持たなくなる。

前の人が道を譲ってくれたことすら気づかない。ただ、自分は前に行くだけ。

私がよく車に乗せてもらった亡くなった叔父は元教習所の教員だったこともあり、
運転マナーにはうるさかった。
今、運転し始めて、私の運転が似ていると別の叔父にいわれました。
叔父は小学校の頃に亡くなり、
その頃、運転なんて覚えようと意識したはずもない私の運転が似ているようです。
確かに、対向車に手で合図したり、そんな仕草は無意識に出てくる。

これが脚本と関係したりもするんですね。
自分のなにげない癖に気づく、そんなワークを毎日している斯波です。

親の嫌なところ、自分の子供の嫌なところってもしかしたら自分と一緒かもしれないですね。




yujihiwasa at 09:42|PermalinkComments(0)

September 11, 2012

両端をホッチキスで閉じたら・・・。

ホッチキスで、プリント(書類)を右も左も閉じてしまったら、どうなる?
当然、開かないですね。

「そんなことぐらい、私に聞かなくても自分で決めれないの?」
「なんで、一言、私に相談してくれないの?」

相談しても、しなくても、文句を言われる。

「どっちでもいいよ。あなたの好きにして、あなたが決めなさい」
「そっちにしたの?変わってるね。」
「私だったらこっちだけど、私がどうこう言える権限ないから」

「あなたの好きなようにしてね」
「私はこっちが好きだけど、あなたが決めることだから」
「やっぱりそっちにしたんだ」

「好きなようにしなさい」「なんでそんなことしたの?」
「自分の意志というものがないの?」
「なんでそんな判断するの?」

「あなたらしさをもっと出さないと…」「あなたって協調性ないね」

「あなたの意見は聞く価値がない」
「何できちんと意見してくれないの?」「私が聞かなくても強引に言ってくれたらいいのに」

「あなたの意見は?」「なんでそんな意見になるの?」

「困ったことがあったら相談しなさい。」
「それぐらいのことで相談にこないで、忙しいんだから…」
「なんで、相談しないの?例え忙しくてもちゃんとあなたの相談にのる時間くらいあるから」


「メールの返事なんていつでもいいよ」「なんで返事こないの?」

こんな会話聞いたことないですか?

これってダブルバインドの一例です。相手がどう行動してもいわれちゃうんですね。

もしかして、仕事で、子育てで、パートナーや恋人にこんな会話していませんか?
自分自身も気をつけないと…。

この、ダブルバインドというコミュニケーションの癖を提唱したのが、
グレゴリー・ベイトソンです。
入門書的な本を1つ紹介します。



yujihiwasa at 22:20|PermalinkComments(0)
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